魔法モノ。今も昔も、人気の高いジャンルであることに違いはありません。
が!!
杖を振り回して呪文を唱えて、派手なエフェクトを散らしながら化物を倒す、そんな魔法にはもう飽きたんだ! 確かに楽しいんだけど、魔法に触れたいんだけど、なぜだか心の底は冷静なままなんだ……!
というあなたに、おすすめの一冊、ご用意しました。
J.ディレイニー|魔使いの弟子
「7番目の息子」の「7番目の息子」である主人公のトム。魔使いの弟子となり、一人立ちするために様々な試練に取り組むことになるのですが、この魔使いという仕事の立ち位置が絶妙。
人々に必要な職業だが、孤独で危険な仕事。
もちろん、トムは最初から魔使いになりたいと思っていたわけではありません。家に帰ろうか、修行をやめてしまおうか、と揺れ動き、実際に一度家に帰ってしまう弱さを見せながらも、魔使い修行に明け暮れます。
この本の魅力の一つが、「魔法使い」ではなく「魔使い」と表現しているところ。
おれたちは魔法は使わない。おれたちの仕事でおもに使う道具は、常識と、勇気と、正確な記録だ
そう、実はこの本、魔法を使う「魔法使い」は登場しないファンタジー。魔女やボガートといった馴染み深い異世界用語は出てくるけれど、主人公のトムは知恵と経験、勘(これについて、トムは後述のとおり一級フラグ回収士としか言いようがない)をフル活用して困難に立ち向かいます。
魔物を相手にする人が、普段は紙とペンを携えてタコができるくらいメモしまくっているというシュールな日常も、このシリーズの魅力。
「魔使いの弟子」における『魔』とは?
魔、というとどうしても魔法を想像してしまいがちですが、本作における魔とは「目には見えない概念のようなもの」のこと。
感覚的には、日本の幽霊や付喪神みたいなもの。
そういうものが見えてしまうごく少数の人たちや、魔と向き合うことのできる人々が、魔使いと呼ばれているのです。
また、目に見えないものたちも、人の命に危険を及ぼすものからちょっとかわいそうになってしまう背景を持つものまで、実にさまざま。
純粋な悪として設定された「敵」ではなく、きちんと背景を理解すること、闇雲に恐れ敵とみなすことの危うさを滲ませる「隣人」のような存在、それが「魔」という存在ではないかなと思います。
作中で、主人公トムに対し師匠のグレゴリーがこう言い聞かせるシーンがあります。
恐れることはないぞ。おまえを傷つけるものなど何もない。その兵士にとって首吊りの刑がどんなことだったか考えてみるといい。自分ではなく、兵士に気持ちを集中させるんだ。兵士はどんな気持ちでいたのか。何がいちばんつらかったのか。
これに対し、トムは家族に二度と会えないと知った兵士の気持ちを感じ取ります。その後、まだ怖いかと問う師匠に「いいえ、悲しいだけです」と答えるトム。
そう、この家族というのが本作を貫くキーワード。トムにとっていちばん大切で、いちばん難しい存在になりうるもの、それが「家族」。
師匠:グレゴリーは常に弟子であるトムに先行してヒントを与えてくれますが、これについても同じくわりと冒頭のほうでヒントを与えてくれていました。
家族というものは、やっかいなときもある。
家族だからこそ、大切だからこそ。
家族がやっかいというよりは、この「だからこそ」という部分が厄介なのだろうな、と思うのです。表だけでできているものなんて、世の中には一つもないのだから。
一級フラグ回収士・トム
見習いのトム。最初は噛ませ犬みたいなのがいて、ちょっといいところをアピールして……なんてお膳立てされた舞台ではありません。
暗い地下室で一夜を過ごす中、見えないはずのものに襲われてトムと一緒に震え上がった序盤が、中盤まで読み進めるか否かというところですでにいい思い出になります。
ああ、あいつは可愛かった。暗いところで一夜ともに過ごすくらいどうってことないから助けてくれ、と思うのはなんと墓穴の中……というレベルの試練が、立て続けに起こります。
というのも、トムが作中で発生したフラグを次から次へと、恐るべき瞬発力と行動力をもってして回収していくからです。
読者が読み落としていたフラグを回収することもしばしばあるのですが、そんなときも
「そういえば師匠がこんなことを言っていたな……」
と教えてくれつつフラグを回収するので、読者としては非常にハラハラします。心臓に悪いです。
中途半端なところで本を閉じざるを得ない状況に立たされると、トムのことが気になって取るもの手につかず。仕事や日常生活に大変な支障をきたす……かもしれません。
その理由は2つ。
1つ。物語を通して、トムの判断がどんな結果を招くのか気になって仕方がなくなるくらい、魔使いの日常は危険であるということを痛いくらい実感できるから。
2つ。トムがあえて危険に飛び込むときには、そうしなければならない理由をきちんと抱いて、我が身をかえりみず誰かのために行動するから。
目が離せなくなる、一体感。
主人公と同じ目線で、トムと一緒に修行に臨んでいるような気持ちになれる一体感がすごいのです。魔法を扱った小説は数あれど、どこかで「この主人公、才能あるし」「いざとなったらパパママがいるし」と思ってしまうもの。
結局、「まあ、死にはしないだろう。主人公だし」という謎の安心感が読書を中断させやすくしてしまうわけですが、トムの場合は真逆。
と思わせるだけの緊迫感と、決定的な失敗感。子供だましではない、本気の「失敗」があるのです。
そしてその危険性を主人公であるトム自身が感じていて、これまた人間らしくストレートに「やばい」ことをほのめかす素直さが、心にまっすぐ突き刺さる。
読者が「心配してハラハラしてるのは自分だけ?」と思ったタイミングで、トムも「不安」を口にする。一方で、読者が「大丈夫、師匠が助けに来てくれるはず……!」と現実から目をそらして期待を持とうとするところでは、「師匠は来ない、だって遠くにいるんだ。帰ってくるのにも数日かかる」と冷静に無理だと言ってくる。
この、別世界にいるはずのトムと交わされる「会話のような感情のやりとり」が絶妙なのだと思います。
だから、他人事とは思えない。
絶妙かつリアルな距離感
魔使いは人のために働くけれど、一般の人々とは距離を置いて生活しています。
人が恐れるのは無理もないことだし、魔使いもそのことはよく承知してる。いがみ合っているわけではないけれど、お互いに踏み越えてはならない一線がある。
このあたりの距離感が絶妙なのです。魔使いとそうでない人の対立、という形での表現ではなく、それぞれに大切な人がいて、譲れない事情があって、その結果として今の距離感が生まれているのが素敵。
もちろん、価値観の違いですれ違ったり、ときに利己的な事情で利用されたりもするけれど、その行動に至るまでの理由がどれも納得のいくものばかり。
としみじみ考えさせられることも。
特に、アリスという少女の第一印象は、これから魔使いの弟子を読む皆さんにはぜひ大事にしていただきたいと思います……!
読み終わる頃には、アリスと出会ったときとは違う印象を抱くはず!
まとめ
魔使いの弟子、続編ありの1巻目なので読み終わってからもトムの冒険が続くわくわく感が持続します。
折を見て、続編のレビューもできればと思います……!
ネタバレ無し、雰囲気とおすすめポイントに絞ったレビューとなりましたが、少しでも本選びの参考となれば幸いです*
みなさまのおすすめ本、感想などもお聞かせくださいませ!
それでは*
こんな人におすすめ
- 魔法が好きだけどありきたりは嫌い
- おとなでも読めるファンタジーが楽しみたい
- 手加減なしのファンタジーを味わいたい
- ご都合主義の魔法が苦手……。
- 真っ直ぐな主人公から素直な気持ちをチャージしたい