読書

一文読んだらもう虜!|池澤夏樹「スティル・ライフ」

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小説の中で最も重要な部位、書き出し。

これまでも数多くの個性豊かな書き出したちに出会ってきた私ですが、今回ご紹介する小説「スティル・ライフ」は別格。最初からクライマックス級に美しい書き出しと、急激に広がってゆく物語に吸い込まれる快感は格別です。

スティル・ライフ|池澤夏樹

百聞は一見に如かず。まずは、その書き出しを読んでほしいのです。

この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。

世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。

きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。

池澤夏樹「スティル・ライフ」

瑛
あんまり綺麗すぎて心がびっくりしました。

書き出しでこの美しさ、本編は異次元の美しさです。

2019年上半期、出会えてよかった本ランキングの第一位はスティル・ライフで決定なんじゃないかと思ってます。

冒頭の雰囲気からは想像し辛いですが、「スティル・ライフ」は純文学ながら理系のニュアンスを含んだ短編。あとの項目で詳しく触れますが、チェレンコフ光半減期といった原子力系のキーワードが多数登場します。

では感動の波が消えぬうちに、「スティル・ライフ」感想文、書いて参ります!

一言で言うとこんな話

染色工場で働く主人公「ぼく」が、同じ工場で働く男「佐々井」と知り合い、探していたものを見つけるまでのお話。

お話のネタバレは避けたいのであえて触れませんが、佐々井はある事情から「大きなお金」を作る必要があり、その作戦に協力する「ぼく」の視点で物語が進みます。

これだけ聞くと「えっスリリング……」となりますが、ストーリーの中にあるのは静寂。もうとにかく静謐、静かという言葉さえうるさく感じるような空気の中、二人の会話と佐々井の作戦が進んでゆきます。

文が「正確で美しい」ということ

「スティル・ライフ」特有の世界観を造っている大切な要素。

それは文章が恐ろしく正確、かつ美しいということ。
つまり、こんな具合に。

色の指定はデザイン室が出す作業伝票に符号で書いてあった。たとえば、わずかに紫が入った濃紺で、織った時に少し艶が出るような仕上げならば#2557-SSといった具合だ。

池澤夏樹「スティル・ライフ」

「チェレンコフ光。宇宙から降ってくる微粒子がこの水の原子核とうまく衝突すると、光が出る。それが見えないかと思って」

池澤夏樹「スティル・ライフ」

特にふたつめのチェレンコフ光についての記述。

無駄のない言葉だけを厳選してさらりと説明しきっているだけでなく、チェレンコフ光が見えないか期待して(もちろん、見えたら大変なんだけども)コップの水を熱心に覗き込む佐々井の動作と合わさって作中の空気が磨がれてゆくのがたまらない。

無駄がないというのは登場人物の「佐々井」にも共通するポイント。
身軽でいたい、リュックに収まるもの以外はおいていくなど、彼は究極のミニマリストでもあるようです。

静寂に包まれた世界で探しているもの

 最初に、「ぼく」は「佐々井」と出会い「探していたものを見つける」と書きました。
「ぼく」が探しているのは、「何かするに値すること」「長い生涯を投入すべき対象」。平たく言えば「」とか「人生の目標」といった具合でしょうか。

人生の岐路に立ったとき、「これがしたい!」とか「こうなりたい!」という夢や目標があるというのは、実はとても幸せなこと。

悩みというとマイナスなイメージがあるけれど、必要なタイミングで必要な悩みや迷いがあるというのは幸せなことなのかも。

「ぼく」が探しているものを人生の目標や意味をすでに見出しているように見える佐々井。

瑛
「ぼく」が探す「佐々井の違い」って何なのだろう、と考えていたとき、あることに気が付きました。

視点の位置

ぼく」の視点は、良くも悪くもとても低いのです。

等身大、自然体と言えば聞こえはいいけれど、いらない情報に振り回されたり感情が先走ることもある

瑛
うーん、共感!

対する「佐々井」の視点は、ものすごく高い。高いと表現するべきか広いと表現するべきか、とにかくとても広大なのです。

物語の終盤、佐々井は「ぼく」にこう言い残して姿を消します。

「あるのは中距離だけ。近接作用も遠隔作用もなくて、ただ曖昧な、中途半端な、偽の現実だけ」

池澤夏樹「スティル・ライフ」

あらゆるものに手が届くせいで、あらゆるものから遠くなってしまう。本当はよくわかっていないのに、わかったつもりになってしまう。

遠い街の出来事や、名前も知らない人の感情に簡単に触れることができるようになったけれど、それでおしまいってことのほうが多かったり。

心は動くけれど現実は動かないまま、変わらないといけないところが変わらないまま、時間に押し流されてゆく。
そうしてる間に、また新しい出来事が起こって、心はそっちの方角を向く。

佐々井の言う「近接作用も遠隔作用もない」現実、案外、手のひらの上にあるのかも。たまには心をリセットして、視界を広げておきたいですよね。

ーーたとえば、星を見るとかして。

センシティブな社会に生きるすべての人に、心を自由にしたいあなたに、おすすめの一冊です。

そうそう、読むときにはお手元に水の入ったグラスをお忘れなく
チェレンコフ光、見えるかもしれませんよ。

それでは!

追記

スティル・ライフ収録のもう一つの物語「ヤー・チャイカ」についての記事を追加しました。こちらも素敵な物語ですので、ぜひ読んでみてください*

こんな人におすすめ

  • 夢や人生の目標を見つけたい
  • 変わりばえしない毎日に飽き飽きしてる(実は変えたい)
  • 現実と空想の間らへんが舞台の小説が好き
  • 理系要素が入った小説を読みたい
  • 通勤通学中にサクッと読める小説を探してる

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