学生時代、人間関係で悩んだ人や、いままさに現在進行系で悩んでる人へ。
社会人のわたしから、高校時代のわたしへ。
一冊だけ本を贈ることができるとしたら、わたしは迷うことなくこの本を選びます。
生きていきにくいタイプの子
主人公のまいは、感受性が強すぎる優等生。母親曰く「生きていきにくいタイプの子」。
喘息の発作で学校を休んだあとも、学校に行くことができなくなったのをきっかけに、まいは『西の魔女』こと祖母の家で過ごすことに。
西の魔女とともに過ごしたひと月、まいは『魔女修行』を通して少しずつ成長してゆきます。魔女修行、と言っても、呪文を唱えて魔法を使ったり、怪しい薬を調合したりといったことは全くしません。
自然に囲まれた西の魔女の家で、一日一日を丁寧に過ごしながら、まいは少しずつ一人前の魔女になってゆきます。
ゆたかな毎日
野いちごを摘んで、ジャムを作る。ラベンダーの茂みの上でシーツを干して、香りを移す。レタスやキンセンカを摘んでサンドイッチにする。
西の魔女の家では、自然に逆らわないゆったりとした日々が流れてゆきます。
便利さはないかもしれないけれど、一瞬一瞬を丁寧に生きてゆく。そんな毎日に、まいの心や物の見方も少しずつ柔らかくほぐれてゆきます。
好きな場所を『まいの場所』にして耕そうと提案した西の魔女。お気に入りの場所を見つけて、一度は喜んだまいですが、ここで彼女の感受性アンテナが反応。
ここを畑にしたらここはここではなくなってしまう……。
好きな場所だからこそ壊したくない、手を加えたくないと思うまいの気持ちを、西の魔女はしっかりと汲み取り、こんな言葉をかけるのです。
いじらないで、このままにしておいて、植えるものは、そうね……野アザミとか、ツリガネニンジン、リンドウ、色んな種類のスミレ、そういう強くて優しい草のものにしましょう。スコップで移せるぐらいのね。そうしておいて、秋には、スノードロップの球根を、宝物を隠すようにあちこちに埋め込むといいわ。
もちろん、まいはこの提案に大賛成。「おばあちゃん、大好き」というまいに、西の魔女は目を細めてこう答えるのです。
アイ・ノウ
西の魔女とのすれ違い、そして
まいは、西の魔女のご近所さん:ゲンジさんのことが嫌い。ゲンジさんは庭の手入れをしてくれるなどいい人なのですが、いかんせん口が悪い。病気だからしばらく西の魔女のところにいる、と言ったまいに「ええ身分じゃな」と言っちゃうくらい、不器用な人。
何もかもおしまいだ、あの、下品で、粗野な、卑しい男のせいで。
こんな具合にゲンジさん大嫌い病を発症したまいは、あらゆる出来事をゲンジさんのせいにしようとする一面を垣間見せます。
まいが気持ちを抑えきれなくなる第一のきっかけとなったのが、鶏の死。
金網に絡まっていた毛がゲンジさんの飼い犬と同じ色だったため、まいはゲンジさんの家の犬が鶏を殺したのだと言い張ります。
そんなまいに対し、西の魔女はこう言って聞かせるのです。
いいですか。これは魔女修行のいちばん大事なレッスンの一つです。魔女は自分の直感を大事にしなければなりません。でも、その直感に取り憑かれてはいけません。(中略)まいは、自分の思っていることがたぶん真実だと思うのですね。――あまり上等でなかった多くの魔女たちが、そうやって自分自身の創り出した妄想に取り憑かれて、自滅していきましたよ。
見たくないものから目をそむけているんじゃなくて、たとえ偽りだとしても見たいものだけ見る、見たいものしか見ないというまいの弱さ。
だけど、本当の姿を知らないという思いはずっとまいの心の中に渦巻いているわけで、まいはそのことに対する「後ろめたさ」にも苦しんでいたんじゃないかな、と思います。
その苦しさが一気に爆発したのが、まいのお気に入りの場所で竹の子を掘っていたゲンジさんを見たときのこと。
わたしはあの人を好きになんか、絶対なれない。あんな汚らしいやつ、もう、もう、死んでしまったらいいのに
『もう、もう』と二回も繰り返しているあたりに、ずっと抱いていたまいの葛藤や苦しみがあらわれてるような気がして、はっとしました。
言ってはならないと分かっているし、知ろうとする努力をしてこなかったことも分かっている。
けれど、それを認めたくなくて、認められなくて、おまけにここまで思いつめさせるだけの理由がちゃんとあるからこそ、自分から目を背けて周りのせいにしてしまう。
この後、まいの頬を打った西の魔女もきっと同じくらい辛かったと思う。
西の魔女が死んだ
タイトルがクライマックス、という珍しい小説なので、読み始める前から覚悟はしていたけれど……。
だけど、不思議と心は整然としてる。悲しいけれど、切ないけれど、それ以上に教えてもらったことが大きすぎて、感動とありがとうの気持ちのほうがはるかに大きい。
一ページまるっと使った、西の魔女の最後の魔法。
ぜひ、一ページ目から丁寧にページをめくって『魔女修行』をしながら、あなたの目で確かめてみてください。
決して焦らず、ていねいに。
この一冊が、悩める夜の道標となりますように。
それでは*